ババの闘病記 | ☆あんりんトウフ☆

ババの闘病記

忙しい1日

今日は仕事が休み
のーんびり、なんてしてられない。
というのも私の実母の老人保健施設のそろそろ引っ越し。
なかなか仕事で時間が取れず次の施設への移動などの手続きも上手くいかないのでノビノビだった。
でも長い滞在となりそろそろ次を見つけなくてはと今日は次の施設探し。
バイクでどれくらい走ったかなぁ
その他にも野暮用があり実母の知人と会ったりその方を実母の所に連れていったりとバタバタ。
とりあえず今後の施設の目処が立ちそうな感じで1日を終えたけどクタクタ
まだいいお天気だったからバイクで走ってる時はツーリング気分でしたけどね。

かれこれ実母が倒れてから4年目。
どんどん右側の手足のマヒがすすんできてる。
足の方は意地を張って歩く気持ちがあるからまだしっかりしてるようだけれど、少しの段差で転倒しかねない。
でも杖をつきたくないって意地を張る。
今日も転んだらもう歩けなくなるよって言うんだけど転んで痛い思いをして初めてわかるのか。
その時には遅いのに…
右手はリハビリにもかかわらずどんどん固まっていくばかり。

旦那との結婚に反対され私が実家を飛び出してから勘当状態だった。
実家に私の物を取りに行くのに昔はたまに母のいない時間帯を見計らって行ってた。
その後も疎遠だったけれど1度は同居と考えたが失敗。引っ越し先も告げず引っ越し。
数年音信不通だったが実家の近所の人が実母が倒れた事を知人に連絡してきた。
未だになんで私が実母に散々な目に合わされたにも関わらず面倒を見なきゃいけないって思う。
実母のせいで家庭が崩壊しかけた事もあったのに。
他人さんが聞いたら実の親なのに面倒見るのが当たり前と思われるでしょうね。
でも、実母に負わされた私の傷はそうそう浅くない。私だけでなく私の家族も。
これからまだ何年こんなこと続けなきゃいけないんだろう。
まだ旦那の義母もいらっしゃる。
義母の方がいっぱい私たちの面倒を見てくれる事が多いので恩はある。
もう義母も高齢、これに義母が倒れられたら私どうなっちゃうんだろうと思う。

いろいろと考えさせられる1日だったわ
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忙しい1日でしたがラッキーな日でした

今日は老人保健施設にいる私の母ババの移設の日でした。
暑い中、朝11時に次の所に移設だったのでバタバタでした。
ババの所へ行くと施設の方がもう荷物をまとめてくれていてタクシーを呼び、私は施設までタクシーを原付バイクで伴走
新しい施設は割りと街中にあり1方通行ばかりの道で囲まれた場所。
旦那に頼もうと思ったけどタクシーのおっちゃんの方が分かるかも、と思ったけど結局あんまり分からず…
でもでも、とっても親切なおっちゃんで荷物も運んでくれるし道も分かりやすい所を見つけたらしく教えてくれたりといいおっちゃんでした。

新しい施設で説明やら荷物をたんすに詰めたりとしていると岡山から親戚同様の付き合いをしているKさん親子から連絡があり、こっちに向かっているとのこと。ババもランチタイムでしたが急遽ランチを中止。それもKさん親子とこの旦那さんが一緒でババも連れて外でランチしようとのお誘い!旦那さんとは私もう何十年ぶりにお会いする事となりました。
施設まで車で迎えに来てくれて久々の再会!
ババが施設では和食ばかりだろうとイタリアンをご馳走してくれることに。
前菜から始まって
・マンゴージュース
・ヒラメと生ハムとチーズリゾットとドライトマトを煮た冷製物
・焼き立てパン
・パイ包みのきのこのクリームスープ
・豆のミストローネ
・マルガリータピザ
・わたり蟹のクリームパスタ
・鯛とアサリとホタテ貝のブイヤベース
・バニラアイスの熱いカプチーノかけた物
・パンナコッタ
とまぁ、旦那さんのお知り合いのイタリアンで行きつけらしくお任せメニューだったのでドンドン出てくる!
親戚同然なので食べる物も皆で食べます。とっかえひっかえしたり。
昔からの付き合いなのでなんか私も久しぶりでした。
ババもこんなに食べるのは久しぶりだったのかイタリアンはいまいちだったのにしっかりと食べてました。
ご馳走になっていたのでうっかり写真まで撮る事は出来ませんでした。

その後も買い物に連れて行ってくれたりとババは「今日はラッキーな日やなぁ」と大喜び。
でも、Kさんは脳腫瘍を患っていて症状も段々と手足のしびれも出てきていて本当はとってもしんどいのよね。でもババのことがとっても気になって頑張ってきてくれたのです。
ババの喜びもいつまでも続きません。Kさんも帰る時間。施設まで送ってくれてババを施設の部屋へ連れて行きました。するとババは急に「私も皆と帰りたい!」と泣き出したのです。もともとKさんたちと一緒に暮らしていたババ。自分だけ取り残された気分になったんでしょう。私にもまたすぐに来てくれと何度も言いました。
その後私を自宅までKさん親子は送ってくれて岡山に帰っていきました。
私はご馳走になりしんどい1日でしたがラッキーでした。
私がランチに舌鼓を打っている頃、息子と私の旦那は家でラーメンとチャーハンを食べていたとか…
たまにはこんな得もあっていいかな。
ババ、新しい施設で頑張って欲しいです。
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ねぇ、あんずも応援してるよね!

お花見

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今日はババの施設のお花見で家族も参加ということで行ってきました。
ババに「写真とってあげようか?」っていうといいっておまけに「死ぬ前に撮って」だと…なかなかいきそうにないくせに頭はやられてますがいたって元気。
それよりなにより前日すごい雷雨でどうなるかと思っていたお花見。朝も雨がパラパラ。施設は決行と連絡がありお花見が始まると暑いほどの晴天お年寄りの方々も気持ち良さそうにお花見。お弁当も美味しかったです!桜も雨でやばいかと思いましたがとっても綺麗でした。
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ババも久々に外で食事もして楽しそうでした。

久々にババ登場

久々にババのことについて(。・_・。)ノ
先日見舞った時、何を思ったのか退院した後のの行く所の話をしていて急に取り乱した元々自分が一人暮らしすることは私が仕事をしていて同居も出来ないし、家には帰れないということは悲しいながらもなんとか理解はしてくれた。退院後は保健施設への入所手続きもしてある。でもババ自身がそこへ行ったりもしていないので実感が持てないみたい「放らんといてそんなんされたら路頭に迷う」とわんわん泣き出した大きな声で取り乱して泣くものだからまるで私がババを姥捨て山にでも捨てるみたいに聞こえ、周りの人がジロジロ見だしたもう恥ずかしいったらなかった。
元々病気になる何年か前、同居もしてみたけど、ババがことごとく意地悪ばかりするし仲良く出来なかった。食事すら一緒にしたのは1回きりだった。たまりかねて私は勘当同然で実家を出た。もちろん旦那だって毎日が針のむしろだったと思う。息子も孫でありながらなつかなかった。今も息子がババを見舞うことはあんまりない。こんなことがありながらもババのことに私がかかわることを許して病院に行くのも私がバイクなので雨の日でどうしても行かなきゃいけない日は旦那が黙って連れて行ってくれる。こりでも精一杯だと思う。もちろん同居なんて考えられない。親戚は「過去は水に流して…」なんて暢気に言うけど、私たちにとってババのいびりは壮絶だった。同居は絶対にしたくない。
でも物事の理解度も下がって体も不自由になっているババをバリアフリーにもなっていない実家に戻すのは危険それに倒れた時の怖さがトラウマになっていて一人でいることに恐怖感を持っている。夜間のケアは今はない。費用のこともある。それに一人だとふさぎ込んでしまう。もっと外の世界に触れさせないときっと痴呆症状が出だすだろう。同じようなハンディを持っている方のしていることを見て何か出来る趣味など身につけて楽しんでほしいと思っている。
昨日新たに特別養護老人施設の申し込みをしてきた。2箇所してきたんだけど、1箇所の所で見学させてもらえた。ババと同じようなハンディの方が片手で塗り絵をされて楽しそうだった。壁にも点だけで描かれた絵が飾られていたり、ジグソーパズルをされていたり。施設の方も皆さんきちんとご挨拶され雰囲気も明るかった。もう1箇所は海が目の前にある所。そこは時間的に見学は出来なかったけれど、やはりご挨拶をきちんとされてケアマネージャーの方が親切に説明してくれた。後々のことでも相談にのれたらと名刺まで頂いた。どちらでもいいから入所できたらと思う。

今日パンフレットをババに見せてあげようと見舞いに行こうと思ってます。ババの不安な気持ちは分かるから。1箇所海の見える施設。私が年老いたら入りたいなぁと思うくらい。ババも海が好き。日焼けが嫌いで行くことはしない人だけど見るのは好きな人だ。
ババ、今までのいきさつだと最初に放ったと思うよ。実際親戚に面倒見るのを断ったもの。でもだからって親戚が引き取ることもしてくれなかった。仕方なく引き受けた責任はあるもの。もう変な心配ばっかりしないでね

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無惨(T_T)

久々にババの登場です

先日病室で着替えを整理していると新しく買って置いてたパジャマのズボンがだめだっていうから何がダメなのかわからず「どこがダメなん?」って見てみるとががぁ~んズボンの裾の片方がハサミでチョキチョキって切られてるババは焦ってべそかいて「直そうと思ったけど失敗したの」と言うばかり。思わず「アホか!出来るわけないやん!」と言ってしまった。
でも、ふと「看護婦さんたちは見てくれてない?」と思って母の様子を看護婦さんに聞いてみた。するとトイレのことや今パンツなのかはくオムツなのか、尿パッドつけてのパンツを使ってるのか、歯磨きはしてくれてるのか?水分補給はどうか?着替えはどうか?なにを聞いてもまともに返事が返ってこない。
めちゃむかついたこの半月途中に部屋を替わったにせよこんなので看護と言えるのか・・・母が自分で病室で身の回りのことをぼつぼつやっていたのだ。ほかに聞くと「声かけすると大丈夫とかいいですって言われてたから」これが看護婦の返事か?母の障害、後遺症など今どんな状況か、検査もたくさんしているはずだ。それで看護婦が何も把握していなかった。こっちは仕事でなかなかいけない。なのにこんなんでは安心して病院にまかせられない。
とんでもない病院の現状を知った。
無惨に切られたパジャマを持って私は仕事場に行きお直しに出した。なんとも情けなかった。今の病院ってババのような患者はだだの金儲けの種としかないんだろうな。
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